八王子城跡
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八王子城跡は、戦国時代の名将、北条氏康の次男 氏照が築き守った城です。
もともと、この地域は滝山城によって守っていたのですが、武田信玄によって落城寸前に追い込まれたことを
反省し、より堅牢な城が必要ということで自然の地形を活かした落差のある山城 八王子城が完成しました。 時代は変わり、武田家もすでに滅び豊臣家による日本統一が着々と進みます。 北条家は豊臣秀吉の降伏勧告を拒否し、徹底抗戦の姿勢で挑みますが、圧倒的物量の前に北条家の支城は 次々と落城していきます。1590年6月ついに八王子城にも豊臣 一万余の軍勢が押寄せることになります。 このとき城主 氏照は小田原城に出向いていたため、守備兵は1000名余り・・しかも大半は 近隣の農民など素人集団だったそうです。そして豊臣方の力攻めによる攻略によりたった一日で 落城することになったのです。このとき逃げ場を失った女達は城内の滝壷で自害して その滝は三日三晩血でそまったといわれています。 戦国時代にそのようなことは珍しいことではないのですが 今でも語り継がれるあたりに、相当凄惨な状況だったことがうかがえます。 現在は城跡は整備され観光、ハイキングコースとして利用されています。 このような過去があることから、「鎧武者の霊が出る」「うめき声」「滝壷で女の霊が・・」などの 噂があり、全国的にも有名になっているようです。最近では、夏場にあまりにも大勢の若者が押し寄せ、 重要な史跡であるにも関わらず、破壊行為が繰り返された為、ニュースにもなり、警察が巡回を強化しています。 |
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巨大な八王子霊園を西へ抜けたころに八王子城跡はありました。 いやあ、しかしこの近辺には 多摩御陵、東京霊園、八王子霊園があり 人通りも少ないのでちょっと心細い所です。 この日は既に入り口に車が二台とまっており、その後も続々ギャラリーが やってきます。昼より人多いんではなかろか^^; |
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案内板です。いろんな施設が分散して作られていたようですね。 本丸までは結構遠そうです。 |
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正面入り口の方向から別のギャラリーの人たちの声が 聞こえたので上のほうの社がある道を行きました。 鳥居がなかなか不気味ですよ。 この先に社があったのですが、デジカメの電池がなくなってしまいました。 しょうがないので、車に引き返したのですが そのときデジカメをつけると電池の残りは28分と表示されるので ちょいと怖かった。 |
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車でしばらく充電して再度出発。 御主殿跡まできました。 途中で、会った別グループの人たちと一緒に行ったので 妙に強気でした^^; 月がいい感じです。 今は原っぱですが、昔は人が生活していたんですねえ。 途中、滝もあったのですが土砂崩れかなんかで進入禁止でした。 |
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御主殿跡の脇の森が気になったので写真撮ったのですが なんも写っとりませんね。 まあ、霊感なんてないのであたりまえか しかし たまーにちらちらっと ちいさい明かりが見えたのですが あれはホタルだったのかな?いやホタルであって欲しい(^^;; |
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本丸は、この日の装備では危なそうだったので(七人で懐中電灯2本・・) ここで引き返しました。噂だと本丸が一番やばいとのことです。 階段が急で石も随分と角張っているのでこけたら痛そうです。 きっと、ここでも死闘が行われたんでしょう。 |