畑トンネル
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飯能と青梅との経済、文化の交流は明治以前から盛んであった。
飯能から青梅に行くには加治、岩潤回りと大河原、赤根峠、苅生
経由以外には道路はなかった。このため地域の要望により飯能町長と
南高麗村長共同で補助道に編入し一日も早く(トンネルを)開さく
してもらいたい旨県知事宛明治三十五年五月陳情した。
当時は日露戦争の影響などで実現出来なかったが、ようやく
明治四十一年飯能青梅街道として着工された。
岩をくりぬいたトンネルは秩父方面にはあったが煉瓦巻のトンネルは
埼玉県第一号、経費は、参万八千六百九十七円二十一銭で
明治四十三年三月三十一日完成した。
開通より七十七年間県道として利用されたが昭和六十二年十四日
バイパス完成により市道となった。県道から市道になったと言っても
南高麗地区をはじめ地域の発展に大いに役立ってくれた歴史に
残るトンネルだ、長い間ご苦労様でしたとお礼申し上げたい。
平成元年一月 飯能市長 市川 宋貞
(現地の看板より)
畑トンネルでは、人面犬がでるという 都市伝説的なものから、母子の霊がでる。壁に無数の顔が浮き出る。 という話があります。車が通行可能だった時代にはクラクションを 鳴らすと怪奇現象も起きたそうです。実際になにか事件が起きたのかは 謎です。 |
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大雨の日に廃トンネル。 心霊スポット巡りには最高の シチュエーションでしょうか・・ 現在、車は立ち入れないように柵が 設置されているので 徒歩でいかなければ いけません。 ちょっと歩くと写真のような看板があります。 かなり歴史のあるトンネルなのです。 |
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奥へ進むとミラーの馴れの果てが・・ 本来の機能が果たせない姿になっても この場に留まり 続けるミラーのように トンネルにも何かが留まっているのでしょうか。 |
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真っ暗でわかりにくいけど、目の前に トンネルが口を開けています。 見ての通り、明かりは全くなく 懐中電灯なしでこの道を抜けるのは 相当度胸いりますね。 更に近づいてみます。 |
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トンネル入り口です。 煉瓦巻が時代を感じさせますね。 昔は車の往来が激しかったのでしょうか 煤の跡が黒々と煉瓦にこびりついてます。 では さっそくトンネル内部へ・・・ |
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古いトンネルなのに、通常感じられる ジメジメ感がまったくありません。 路面も乾いています。 古いトンネルは大抵、地下水などが 染み出てくるのですがこんな大雨で ここまで乾いているとは 驚きです。 |
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壁面に顔が浮き出ていると聞いたのですが 特にそれらしいものはありません。 全体にカビか煤のような跡がたくさん あるので見ようによっては顔っぽいのも ありますが・・・ |
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壁面は特に黒い煤が目立ちます。 煉瓦で造られてはいますが 崩落の不安とかは感じません。 むしろ、雨音が時折り別の気配のように 感じられて不安になります・・・・ |
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トンネルの出口です。 片側が土砂で埋もれています。 樹木も土砂と一緒に崩れ落ちていました。 近年の豪雨で崩れたと聞きます。 なにかトンネルの今後の末路を 感じさせる光景です。 |
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反対側の入り口から。 こんなところを通ってきたのか?? すさまじい雰囲気です。 トンネル迫力大賞もんです。 霊はいたのでしょうか・・・ 霊感がないのでよくわからないですが 怖いので早々に退却しました。 |
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一年後の日中に行きました。 夜よりはましかな? |
| 入り口が草で塞がれかけている。 |